左右対称型キーボード専用かな配列「ブリ中トロ配列」

2022/11/30: 最新版を本記事からの差分として書きました。 ブリ中トロ配列を初めて知る方は、はじめに本記事を読んでください。

2周年を迎えたブリ中トロ配列。「ます」が独立してますます丁寧に、よく煮込まれた配字になってきた。新しく知った人もこの記事だけ読んで理解できるように、2021/01/26 版を修正した全文を再掲するよ。

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名称

TRONかな配列を中指シフト化したものをベースに、ハイブリッド月配列のエッセンスを加えて煮詰めたから、「ハイブリッド・指シフト・トロン」で「ブリ中トロ配列」。

TRON かな配列が出発点であり、月配列とは系譜がまったく異なるので、月にまつわる名前は付けなかった。

前提条件

  • キーボードは、物理配列が左右対称である。
  • ユーザーは、各指の運動能力に極端な偏りがない。
  • キーボードは、ユーザーの指の可動範囲に合った大きさである。
  • ユーザーは、ですます調の現代文を少ない打鍵数で入力したい。

設計方針

  • 記号を除き30キー(片手3段5列)の範囲に収める。
  • 現代日本語の書き言葉に現れるすべてのモーラを2打以内で入力する。
  • 同じ指で異なるキーを続けて打つ運指(同指異鍵・同指跳躍)をできるだけ減らす。
  • 両手の各指の負担率をできるだけ左右対称にする。
  • Google 日本語入力のローマ字定義のみで実装し、その他の常駐ソフトやハードを要求しない。
  • カーソルや [Backspace] などの制御キーは考慮しない。それらは別のレイヤーで適切に設計されるものとする。

シフト方式の設計

非拗音面と拗音面を完全に分けて考える。

非拗音面のシフト方式

非拗音面は前置シフトで、シフトキーは [D] [K] の2種類。同手シフトと逆手シフトを区別する。清音と濁音は原則として同じキーに置く。例:

  • [O] =「く」
  • [DO] =「や」
  • [KO] = 「ぐ」

拗音面のシフト方式

拗音面は後置シフトで、シフトキーは [T] [Q] [Z] の3種類。これらが2打目に来た場合、直前の1打目をキャンセルして子音に読み替え、2打目を母音と見なし、両者の組み合わせで1モーラの拗音を入力する。言い換えると、拗音に限って行段式とする。拗音面の子音配列は、非拗音面の清音配列とは無関係に、頻度と打ちやすさによって決める。例:

  • [OT] =「じゃ」
  • [OQ] =「じゅ」
  • [OZ] =「じょ」

この例だと、1打目に [O] を打った時点では「く」が表示されるが、2打目に [T] を打つと「く」が消えて「じゃ」に変わる。この動作は Google 日本語入力のローマ字カスタマイズで実装できる。

さらに、2打シーケンスである [D;] [DA] も後置シフトとして扱う。これらが2~3打目に来た場合、「ゅう」「ょう」で終わる2モーラの拗音を入力する。これにより、「ゅ」「ょ」の7割近くを占める「ゅう」「ょう」をホームポジションで打てるようにする。例:

  • [OD;] =「じゅう」
  • [ODA] =「じょう」

配字の設計

ユーザーの手に合った左右対称なキーボードを前提とする。つまり、ユーザーは標準的なホームポジションに無理なく指を置き、上段にも下段にも無理なく指が届き、左手と右手をまったく同じように使うことができるものとする。この前提のもとで、以下のように配字を決めていった。

句読点

中指シフトキーの単打を句読点とする。これはハイブリッド月配列から拝借したアイディアで、読点の直後に必ず変換/確定しなければならない(読点に続けて文章を打つことができない)反面、キーを2個も節約できる。

  • [D] =「、」
  • [K] =「。」

句読点を連打したら感嘆符・疑問符とする。

  • [DD] =「!」
  • [KK] =「?」

撥音・促音・長音

「ん」「っ」「ー」は右小指に置く。撥音・促音・長音の前には他のすべてのかなが先行しうるので、これらを独立性の高い小指に置く TRON 配列の思想は理にかなっている。「んっ」「ーっ」といった連接は書き言葉に現れないので「っ」は下段でよい。「ー」は、TRON では [Shift+K] だったが、1打で書きたいので右小指外側 [:] の位置とする。

  • [;] =「ん」
  • [:] =「ー」
  • [/] =「っ」

拗音

「ゃ」「ゅ」「ょ」は左手の三隅 [T] [Q] [Z] に置く。拗音の頻度は3つ合わせても3%程度だが、すべてのモーラを2打以内で入力するという目標のために単打とせざるを得ないので、なるべく邪魔にならない場所に置く。

  • [T] =「ゃ」
  • [Q] =「ゅ」
  • [Z] =「ょ」

「ゅう」「ょう」は [D] から始まる2キーシーケンスを割り当てる。頻度はそれぞれ0.6~0.8%程度である。

  • [D;] =「ゅう」
  • [DA] =「ょう」

これらの拗音キーに先行する子音キーは、頻度の高いものから順に打ちやすい位置を割り当てていく。

清音

TRON かな配列をベースとして、前置シフトキー [D] [K] と後置シフトキー [T] [Q] [Z] を避けるように再配置する。

左手側は TRON からあまり変わっていない。単打面から「ま」「ら」「り」を外し、打ちやすさと負荷バランスを考えて配字を入れ替えた。シフト面には右手から「け」「め」が移ってきた。

一方、右手側はかなり変わっている。単打面から「、」「れ」「を」を外し、「お」「ち」「わ」「ー」を単打面に入れた。シフト面には左手から「ゆ」「り」「ば」「ぼ」が移ってきた。

「を」は助詞専用であり、他のすべてのかなに連接することから、[DK] でも [KD] でも入力できるようにした。

濁音・半濁音

バ行以外の濁音はすべて清音と同じキーに置き、頻度が高いものは逆手シフト、低いものは同手シフトとする。

パ行はハ行と同じキーで同手シフトとする。

バ行とファ行は、覚えやすさと打ちやすさのバランスを考えて、周縁部のキーに行段的に配置する。ここがブリ中トロ配列で一番トリッキーな部分だが、下表のように整理できる(横が1打目、縦が2打目)。

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小書き文字

まれな擬音語や外来語を音写するために、小書き文字も一応定義しておく。これが必要となるケースは「すべてのモーラを2打以内で入力する」の例外となる。

「ぁ」「ぃ」「ぅ」「ぇ」「ぉ」は、右手の同手シフトの打ちにくい場所に置く。

「ゃ」「ゅ」「ょ」を単打の清音に続けて書く場合は、後置シフトでないことを明示するため [/] を前置する。

  • [F/T] =「てゃ」 ↔ [FT] =「ゔ」
  • [F/Q] =「てゅ」 ↔ [FQ] =「び」
  • [F/Z] =「てょ」 ↔ [FZ] =「べ」

「ゃ」「ゅ」「ょ」を2打の清音や濁音に続けて書く場合は、そのまま続けて打てばよい。

  • [KPT] =「ぢゃ」, [KFT] =「でゃ」, [KTT] =「ふゃ」, [FTT] =「ゔゃ」
  • [KPQ] =「ぢゅ」, [KFQ] =「でゅ」, [KTQ] =「ふゅ」, [FTQ] =「ゔゅ」
  • [KPZ] =「ぢょ」, [KFZ] =「でょ」, [KTZ] =「ふょ」, [FTZ] =「ゔょ」

ここまでのまとめ

  • 単打
    ゅことさゃ わきしくち
    たか、ては のい。うんー
    ょになるも つすおあっ
    
  • 逆手シフト
    ひねどめふ むゆじやファ
    だがをでま ばろをえュウ
    へそせけほ ぼ※み※フォ
    
  • 同手シフト
    ぴごぬざぷ ぁぎぃぐぢ
    ョウら!よぱ  り?れ  
    ぺぞぜげぽ づずぅぇぉ
    
  • 拗音シフト
     み※※  ※ぎちじ※
        ひ ※き し※
     に※びぴ ※※り※※
    

※は以下で説明する。

外来音

拗音面の空いている場所に押し込む。

  • [CT] =「うぉ」, [RT] =「とぅ」, [ET] =「どぅ」
  • [CQ] =「うぃ」, [RQ] =「てぃ」, [EQ] =「でぃ」
  • [CZ] =「うぇ」, [RZ] =「しぇ」, [EZ] =「じぇ」, [PZ] =「ちぇ」

「です」「ます」

ですます調の文章では「です」「ます」が頻出する。これらに専用の2打シーケンスを与えることで「で」「ま」の頻度を下げ、配字の自由度を上げる。

  • [DM] =「です」
  • [D.] =「ます」

「です」(1.5%) は「で」(2.9%) の約半分を占める。これを独立させた経緯は 2021/01/26 版の解説に書いた。

「ます」(1.5%) も「ま」(2.6%) の半分以上を占める。「ま」を単打にすれば「ます」は2打で済むのであえて独立させる必要はなく、2021/01/26 版まではそうしていた。しかし、同時に「あ」「お」「つ」をすべて単打にしたいとなると、「つ」(1.3%) が [Y] に行ってしまい、運指上も負荷配分上もやや無理があった。本当は「つ」を [N] に置きたいのだが、そうすると今度は 「あ」(1.4%) か「お」(1.5%) がシフト面に行ってしまう*1。そこで今回、「ます」を「です」と同様に独立させることを前提として、残った「ま」(1.1%) をシフト面に追い出し、大規模な玉突き転配*2を経て単打面を空け、ついに [N] =「つ」を実現した。

ショートカット

空いているキーシーケンスを活用して、頻出するわりに打ちにくい文字列を救済する。

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このへんはユーザーの個性(職業?)が強く現れるところだろう。各々がよく使う打ちにくい字句を定義すればよい。

記号

空いている場所を適当な記号で埋める。このへんは適当に。

  • [KH] =「(」, [K;] =「)」
  • [D:] =「~」, [K:] =「/」

評価

負荷分布

国立国語研究所 現代日本語書き言葉均衡コーパス のうち「出版・書籍」「特定目的・Yahoo!知恵袋」の各上位1万語彙を用いて各キーの負荷を解析した。

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左手と右手の負担率はコーパスによって異なるが、ほぼ 51:49 である。各指の負担率は、小指 6~7%、薬指 10%、中指 17~18%、人差指 16~17% 程度である。負担率をできるだけ左右対称にするという設計方針を実現できた。

定量評価

BCCWJ(コアデータ)コーパスから生成された仮名漢字変換用 2-gram *3の上位1万語彙を用いて評価した。打鍵効率は1文字の入力に必要な平均打鍵数、同指跳躍率は上段キーの直前/直後に下段キーを打つ率である。

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ブリ中トロ配列 2021/10/23 版は、清濁同置・前置2シフトという単純な(効率向上には不利な)設計ながら、打鍵効率 1.21、同指異鍵率 3.0%、同指跳躍率 0.3% を達成した。打鍵効率 1.21 は、親指同時シフトである TRON かな配列や清濁別置であるハイブリッド月配列に匹敵する。同指異鍵率 3.0% と同指跳躍率 0.3% はいずれも、TRON かな配列やハイブリッド月配列に比べて大幅に改善されている。ブリ中トロ配列は高効率でありながら悪運指の少ない優れた配列であることが示された。

まとめ

ブリ中トロ配列は、左右対称なキーボードを前提とした高効率なカナ入力方式であり、

  • 1モーラ2打鍵以内
  • 打鍵数が少ない
  • 悪運指が少ない
  • 負荷分布がシンメトリー
  • 記号を除き30キー(片手3段5列)に収まる
  • Google 日本語入力のローマ字定義で実装可能

という特徴をもつ。作者はNISSEμTRONキーボードで使っているが、ユーザーの手に合った左右対称レイアウトを自由に作れる自作キーボードにも適した配列としてお勧めしたい。

ダウンロード

Google 日本語入力のローマ字定義ファイルと、この記事で使った評価用スクリプトが置いてあるよ。

https://github.com/mobitan/chutoro

*1:[Y] や [P] に置くことは運指上許容できない

*2:https://twitter.com/mobitant/status/1391090181407580160

*3:京都大学 学術情報メディアセンター 大規模テキストアーカイブ研究分野 のウェブサイトで配布されていた